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almost no memory

漫画、ミステリー小説、ハロプロ、海外ドラマが好き。外出は本屋とIMAXシアターとハロ現場。

3月に子ども生まれた

1月に35歳になったので高齢出産。母親が24で長女の私を生んでいるので自分の初産がこんなに遅くなると子どものころは想像してなかった。
田舎なせいか時代のせいか人生の多様性など知らず、30人のクラスメイト全員に父親も母親もいて、母親はパートか専業主婦が多くて20代で子供を産んでた。そういうところで育ったので、大きくなったら結婚できて自然に子どもも生まれるものだと思ってた。
大学生になって東京に出て卒業してフリーターになって、気づけば母親が結婚した年齢も出産した年齢も追い越していた。そして母親の初産年齢を10年以上も追い越したところでようやく私も一児の母親になった。
結婚したいも子どもほしいも実感としてなかった20代。でもその頃に30過ぎのバイトの先輩に「そのうち細胞がホルモンが子どもほしいっていいだすよ」と言われたことがあった。そのときはそんなものかねと思っていたがその予言通りになった。
30くらいで子どもを産むタイムリミットを意識し始めて、それでものらりくらりしている彼氏に何も言えず2年ほど耐えたあと、ようやく結婚を迫った。このとき付き合って8年。
結婚というか子どもがほしいと話した。彼氏は理系でかつ出産の知識もなかったので、ipadを使いネットにある資料を引用しながら、高齢出産の危険性や子づくりしたからといってすぐ子どもができるわけではないことをプレゼンして結婚にとりつけた。
たぶん、感情論で訴えかけてたら落とせなかったなと今でも思う。理系の男にはデータだ。女の涙など通用しない。
そこからまだのらりくらりしつつも一昨年入籍し、幸運にも半年ほどで妊娠し、先月出産。
そう思うと十月十日も長かったけれど、それ以上に長い道のりを経て我が子が生まれたんだな。
うちの親にとっても待望の初孫で、目じりが下がりっぱなしの日々。
里帰り出産を終えて東京に明日戻るけれど、相当に寂しそうだ。私もまだここにいてあげたいと思う。
赤ん坊はとにかくかわいく、実家で四世代で暮らしているが全員に可愛がられている。
みんなが目じりをさげ、今まで聞いたことないようなネコナデ声で話しかける。
赤ん坊は希望だ。2017年生まれ。現役のSMAPを知らない最初の世代。トランプ政権も教科書で知ることになるんだろう。若い。
今はなにも知らない。けど、これから私が知ることのない世界も知ってくんだということに、赤ん坊が未来だとか希望だと言われる意味がわかった。
汚い話だけど、ご飯を両親と3人で食べているときに普通に赤ん坊のうんちの話ができてしまう。これが愛なのかなとさえ思った。

うんちしても寝ても泣いても笑ってもかわいい赤ん坊の世話をしながら、向こうは私を母親と認識してないんだよなぁ、今誰かにさらわれてもその人にも同じ笑顔をむけるんだよなぁなどと思うせいで、角田光代の「8日目の蝉」をすごくよく思い出す。もうひとつ思い出す小説があるけど、ミステリーでネタバレな気もしてここには書けない。今読むタイミングか分からないけど「8日目の蝉」を読み直そうかな。母親になった今読んだら何か思うところは変わるのか。そう思いつつ相変わらずミステリーを読んでる。

八日目の蝉 (中公文庫)

八日目の蝉 (中公文庫)